Who is NCR?

ジェームズ・リッティの「正直な出納係」 。この奇妙な装置は、実は「売上登録音を世界中で鳴りひびきかせた」機械式レジスター(金銭登録器)の最初の実用モデルです。

この機械を携えて、ジョン・ヘンリー・パターソンが1884年に米国オハイオ州デイトン市でナショナル・キャッシュ・レジスター・カンパニーを設立しました。

ぴかぴかに塗装された馬車に付けた「請求もれをなくしましょう。ナショナル金銭登録器をお使いください」というポスターが会社の動く広告塔でした。

NCRの100万台目のレジスターは、1911年デイトン工場で製造されたこの500号床上型レジスターでした。 1906年にチャールズ・F・ケタリングがレジスターを電動化しましたが、その後ケタリングはゼネラル・モーターズに移り、キャデラックに電動スターターを取り付けました。この優雅な鋳造真鍮キャビネットは、第一次世界大戦中砲弾に真鍮が必要になったことから姿を消し二度と見られなくなりました。

「ザ・キャッシュ」と通称されたNCRは、1911年、社員約5,900名を擁した会社に成長し、1922年には200万台目のレジスターを生産しました。

1886年に英国を皮切りに海外進出を開始したNCRは、その後間もなく全世界121ヶ国で営業する国際企業に発展しました。

Dayton plant in 1915

500号床上型レジスター

1921年に発売された2000号は、レジスターの他に掛売記帳機、銀行用照合機、会計機といったさまざまな用途向けに製造されました。戦時を除いて、2000号は1973年まで継続的に生産されました。

1950年代後半には、2000号の改良型やその他の機種は紙テープ穿孔機が接続されました。これによりコンピューターの入力テープを作成できるようになったのです。

1929年にNCRは、エリス・アディング・タイプライター社を買収し、記述機能付3000号会計機をNCR製品群に加えました。この写真は、広告に使われたもので、女優のグレース・ケリーが同機を使っているところです。

その後、会計機事業は、レジスター事業と同様にNCRの重要な事業の柱となります。

ほぼ30年間にわたり銀行用記帳機を生産してきたNCRは、銀行業界に革命をもたらす電子式銀行用記帳機、29号ポストロニックを1956年に発表しました。元帳カード裏面の磁気ストライプから自動的に残高を読み取り、二重転記の必要を無くしたこの機械のお陰で、NCRは商業銀行の市場で最大のシェアを獲得しました。

その時期にNCRはMICR (Magnetic Ink Character Recognition: 磁気インク文字認識)の開発に貢献しました。MICRは、現在も小切手の下部に見られる特殊書体の印字で、小切手を電子的に読み取ることを可能にするものです。

ゼネラル・エレクトリックと提携して世界初のソリッド・ステート(完全トランジスター化)メインフレーム・コンピューター、NCR 304を1957年に開発しました。第1号機は、1959年カリフォルニア州ペンドルトンの米海兵隊基地に納入されました。これは真空管方式の第一世代コンピューターを飛び越した、トランジスター方式のコンピューターです。

最初の1ヶ月の無故障稼動時間は、99.3%でしたが、これは、1950年代の技術にしては驚くべき数字です。 304の後継機として初の大容量記憶装置付きのNCR315コンピューターが1961年に登場しました。 NCRは、高速(1/6秒未満)でランダム・アクセスできる磁気カード256枚を収納する取り外し可能のカートリッジを使用したカード・ランダム・アクセス・メモリ(CRAM)を開発し、リアル・タイム処理への道を開きました。各カートリッジは、1,700万文字を格納し、データ転送速度は、毎秒100Kbitでした。

402 MICR読取・分類機は、顧客の小切手を自動的に読み取り、銀行が後で細かく分類し口座別にファイルできるようにしました。 銀行窓口機、加算機、会計機はもちろんレジスターにも315コンピューター入力用紙テープに 穿孔する紙テープ・レコーダーを取り付けることができました。 NCRオプティカル・フォント「NOF」は、機械も人間も読み取り可能な活字で、レジスターや加算機からNCR420光学文字読取機を介してコンピューターへ入力できました。 1963年に銀行窓口機が電話線を介して315コンピューターに接続されて、支店から顧客口座を即時に更新できるようになり、データを仲介するためのパンチテープは不要になりました。 NCRはデータ処理の新語「オンライン」を造りました。

完全なIC(集積回路)コンピューター開発の先陣争いが繰りひろげられていました。1968年には、NCRがセンチュリー100を、そして一時期提携関係にあったコントロール・データ社がCDC 7600を稼動させました。

クライテリオン8500シリーズが1976年に登場し、デシジョンメイトV・パーソナル・コンピューターが1983年に発売されました。また同年には、小規模ユーザー向けオンライン・マルチユーザー・システムの9300も始めて登場しました。

1970年代初期は、レジスターがそれまでの機械式から電子式へと移行していきました。この280POSターミナルが、NCRとして納入1千万台目の製品となりました(1972年)。

NCR TOWER 1632が1982年に納入開始されました。これによって、これまで大学でしか使用されていなかったUNIXがオフィス、製造現場、そして銀行でも利用できるようになりました。最初は、8ユーザーから16ユーザー用に設計されていましたが、後には数百ユーザーをサポートできるよう発展しました。 当時は、コンピューター・メーカーごとのアーキテクチャーによる、メインフレーム・システムが中心でしたが、TOWERは先を見通したオープン・システムをコンセプトに開発されたもので、累計10万台を越えるTOWERが出荷されました。

TOWERはNCRの商標ですが、(縦形のキャビネットを意味する)単語としての「タワー」は、いまではこの種のキャビネットを指す一般的名称で、コンピューター用語になっています。

1980年代初期、NCRは、第二世代のセルフサービス・ターミナルを納入しました。この現代の奇跡ともいえる機器は、スコットランドのダンディ工場で集中生産され、工場の専門家によって航空会社向けやホテル向けなどさまざまな利用法が考案されました。

これらの機械は、現金の払出しだけではなく、航空券や搭乗券のようなチケット発行も行いました。後継機種は、小切手の読み取りと現金化、さらには紙幣のほか硬貨の払出しもできるようになりました。 また、Electronic Benefits Transfer (年金振込)にも使用され、政府機関の経費を節減するとともに受給者に一層の安心・利便を提供しました。

1991年、NCRはAT&Tと合併し、AT&Tのコンピューター事業を担うビジネス・ユニットとなりました。

オープン・システムのビジョンに即して、NCRは1990年代初めにシステム3000シリーズの段階的発売を開始しました。このスケーラブルなシリーズは、単一プロセサーのワークステーションからインテル・ペンティアム・プロセサー数百個搭載の超並列システムにわたります。 他社ではまだ夢の段階にあった超並列ソリューションをNCRは現実に提供しました。

そして現在に至るまで世界最大級のデータベースのほとんどは、NCRのシステム上で稼動しています。

1997年1月1日、NCRは1991年合併したAT&Tから分離独立し、今日では再びNCR銘柄で全世界の証券取引所に上場されています。

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